SPEEDBOY!作者:舞城王太郎/ 原作:/ 82点
速度には二種類ある。開始から終了までの期間を示す時間軸上の速度と、物体が動く様を示す3次元軸上の速度である。古来より人は危険を容認してまで前者を追い求めた。寿命を持つが故に、前者は生命と等価値だからだ。また人は根元的に後者に魅せられる。運動速度は動物的性能の指標にほかならないからである。
この物語の主人公は卓越した俊足の持ち主である。彼は100mを5秒で走り抜ける。ひとつずつ限界の意識を排除し、やがて彼の走りは音速を超える。荒唐無稽な物語のようだが、本作における「俊足」は圧倒的才能のメタファーである。少しずつ設定を異にしたメタ世界の連続で語られる、非連続的なクロニクルは、天才が若年期に体験しがちな精神発達の遅れや、周囲との常識のずれ、ぎこちない恋愛感情の芽生えや、やがて訪れる鈍化の暖かさを、ファンタジックに描き出している。
天才は平均からの引き算で完成する。特殊性は才能であると同時に抽象性の喪失でもあるのだ。 Copyright barista 2010 - All rights reserved. |